【感情たんさく】満足vs成長

画像を自分で用意してみた
もう少しデザインとか考えてうまく描きたいな……
(という気持ちは成長を表してたり……)

はじめに

こんにちは、だずんです!

今回は【感情たんさく】シリーズ第二弾!

少し頭の中でおもしろい感情構造?がまとまってきたので書いてみます!


今回のテーマは満足vs成長ということで、この二つの感情?というよりかは状態?について感情たんさくしていくよ~!


満足ってどういう状態?

満足といっても、それがどういう意味かをまずは理解してみよー!

というわけで満足って言葉を辞書で引いてみる

goo国語辞書より
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%e6%ba%80%e8%b6%b3/

  1.  心にかなって不平不満のないこと。心が満ち足りること。また、そのさま。「—な(の)ようす」「今の生活に—している」

  1.  十分であること。申し分のないこと。また、そのさま。「—な答え」「料理も—にできない」

  1.  数学で、ある条件を満たしていること。

というわけで 、今回の場合は1で説明されてる内容ですね!

心にかなって不平不満のないこと。心が満ち足りること。だそうです。


つぎはうちの心の中に飼っている?辞書くんを覗いてみましょう(?)

自分の感覚として「満足」っていうのは

・十分幸せ!

・これ以上なーんにもなくても大丈夫!

みたいな感覚!

多分今回に関しては一般的な辞書と同じような意味として捉えられてる気がする……


そしてここから連想される言葉についても考えてみたので書いちゃうね!

・停滞

・絶対的

これ以上何もいらないわけだから停滞ってことでもあるんじゃない?って意味で「停滞」と

他と比較する必要がないんだから「絶対的」と

この二つを連想してみました

実際のところは過去の経験とか踏まえてこの言葉が連想されてきたのよね


満足についてはこんなところで以上!

はぁ~、満足、満足✨


成長ってどういう状態?

今度は成長について辞書を引いてみましょう!

goo国語辞書より
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%88%90%E9%95%B7/

  1.  人や動植物が育って大きくなること。おとなになること。「子供が—する」「ひなが—する」「経験が人を—させる」

  1.  物事規模が大きくなること。拡大。「事業が—する」「経済高度—」


おおっと、思ってたのと少し違う……。

とりあえず今回言いたいことは1についてですね!

人や動植物が育って大きくなること。おとなになること。だそうです。


まってまってまって、うちの考えてた「成長」と違う!

まあ冷静になって考えてみると、ある意味「おとなになること」は心が大人に成長していくって意味では辛うじて近いかも?

ちょっとここは読者のみなみなさまにも同じ感覚を共有してもらえるように、具体例を交えながら書いてみるね!

まずはうちの感覚辞書に載ってる定義としては

・もっともっとうまくできるようにするぞ!

みたいな感じですね。

具体例をいくつか挙げると

・英語の勉強して次の試験ではもっといい点数を取るぞ!

・仕事のやり方を覚えてもっと効率よく仕事できるようにするぞ!

・1日の時間をもっと効率よく使って、趣味の時間とか増やすぞ!

みたいな?

うちの思う「成長」はどちらかというと能力に関わる部分みたいですね。


というわけで次に連想される言葉だけど、単純にさっきの対義語を当てはめると

・進展

・相対的

という感じになりますね!

多分この言葉は「成長」に対してそのまま当てはまるんじゃないかなと思うなー。

「進展」はまあ明らかに英語の勉強したりして英語できるようになるのであってそう。

「相対的」はちょっとわかりづらいかもだけど、現在の自分を相対の対象に置いてるんだよね。多分。さっきの「満足」の時と比べるとわかりやすいかも?「これ以上なーんにもなくても大丈夫!」だったら比較対象ってなんだろう……?現在に対して現在を比較している……?やっぱりそれは比較じゃないと思う……。


満足と成長の特徴

そういうわけで、満足と成長って結構対立するものだと思うんですよね。

満足って幸せだけど、それ以上幸せになることもない。

成長って今後より幸せになれるけど、いま幸せかと言われると……。成長を実感できること自体が幸せという考え方もあるかもだけど、個人的にはそれはまた別のお話かなーと。


満足と成長のバランス

そんなわけでうちとしては、どこに満足のラインを置くかによって人それぞれの心に従った意志ってのは変わってくるんだろうなーって思うのよね。

例えば、お絵描きとかたまにするんだけど、自分自身が満足するラインまでお絵描きスキルが上達したら、割とそこでもういいかな~ってなりがちなんだよね。うちとしては十分かわいいと感じられる絵が描けたらもう満足!みたいな。
でも、他の人のかわいい絵とか動きのある絵とか見てたら「うちも書いてみたい!」ってなってもっと描けるように頑張る=成長しようとするかもしれない。

これは結構相対的なことであって、なんというかうちの感覚としてはこれはコミュニケーションの一環なのかもしれない?って発想に至ったんだよね。


この二つの対比は閉じられた世界と開かれた世界を表してるかも?

他の人を見てうちも頑張りたい!ってなるのはコミュニケーションの一環かもしれないっていうことで、もしかしたらこれは人が他の人と関わり合うことで生まれてくる反応としての「成長」とも捉えられるのかなって思ったの。逆に言うと、他の人と新たな関わりを持たないのは今あるもので「満足」するということでコミュニケーションの広がりを拒否してるものなのかも、って思った。

これはコミュニケーションを取らないというよりかは、もっと深く閉じられたコミュニティだったり、(特定の)音楽だったり、(特定の)食べ物だったり、ってことに対する執着みたいなものなのかも。

よくある例としては、お菓子を買うときにいつものを買うのか、新商品を買うのか、みたいな。もちろん後者だと必ずしも満足できるものが手に入るとは限らないけども、もしかしたらよりいいお菓子かもしれないよね?っていうわけで満足vs成長の構図になってるなーとも。

いつものお菓子ばっか買ってたらそれはある意味閉じられた世界とも言えるからね。


まとめ

はたしてこれまとめられるのだろうか……。

結構考えが拡散しちゃったけど、まあとにかく満足と成長についての考え方(どこに満足のラインを置くのか)は人それぞれ違うので、それがわかってるともしかしたらもっと他の人と接するときに幸せなコミュニケーションが取れるんじゃないかな~(だいたいうちの感情たんさくする理由はこれ=より心が幸せを感じながら生きれるようにするため=あれ、これってもしかして成長に当たるのかな……?)と思うので、読者のみなさんもこの感覚を感じ取ってもらえていたなら幸いです!

以上!だずんがお送りしました!
またね!

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